今回も人生話です。まずタイトルですが、昔銀行員時代に尊敬する上司から色々教えられたことの中で印象に残っている言葉です。後に調べてみると文豪ゲーテのものでした。 「人は自分で意識しようがしまいが、最終的に自分がなろうとしていた自分になっていく」という、どんなに素晴らしい境遇でも、逆にどんなに不遇でもそれはそのようになるべくしてなっているのであるという、ラッキーやアンラッキーなど無い、全ては当然の帰結であるという、わかりやすく、そしてある意味怖い言葉です。 今にして思えばこの言葉も「ホンマその通り」だったと思います。 考えてみれば、人間だれしも24時間365日分かれ道の連続です。なにかを「やろう」or「やめておこう」。。「今やろう」or「今度やろう」。。。「Aをやろう」or[いややるのはBだ]。。。朝起きてから寝るまで、それも生きてる間はずうっとですから、人生を数十年と重ねていくとその枝分かれの先は莫大なものになります。 長年生きてきて周囲を見渡してみると、「ああ、この人はこういう行動の積み重ねでこうなっているのだな。」と感じることがやはり多くあります。それは、うまくいって幸せになっている友人にも言えますし、逆になんでこうなってしまってるんだろうと思う友人にも言えることです。 私も含めて人間ですから、そういう時どうしても人智の及ばぬ神様仏様の仕業と思いたくなります。でもやっぱり選択の連続の結果なんですね。 そしてそんな「なりたい自分」に成るべくアンテナを磨いて尖らせるのは物心ついて道理がわかってきた、それもなるべく人生の早い段階 ~これはちょうど小学校高学年から遅くとも高校くらいまで、塾生のストライクゾーンですわ~だと思うんですね。 だからこの時期に多くを学ぶことは、多少ハードなくらいで丁度いいと思います。塾生のときよく言ってたと思います。 「なんのためにこんなしんどい事やっとるねん、受験のため?いやいや小さい小さい、、、幸せになるためにやっとるねん!」 2022年12月 坂本元